巨木の里氷見から個人の感想

投稿者: | 2017年12月3日

絶賛炎上中の神戸のクリスマスツリーだが、氷見に居ながら全く関心が無かったのは、普通に「移植される」という大本営からのイメージを無関心故に鵜呑みにしていたからだ。
「氷見の巨木が神戸に行って注目される」それだけなら、非常に誇らしいことだし、市長を始め知らない顔でもない皆さんも一丸になって応援しているわけで、そもそも西畠さんがどんな人か、本当はどんなプロジェクトなのかまで、わざわざ確認する必要すら感じなかった。
改めてTwitterで燃えかけているので、つらつらと流れを見て、まさかあの一連の氷見からの送り出しが、長崎でポシャり、神戸に持ち込まれた企画に使う材木運びを盛り上げるためで、材木に震災の鎮魂まで絡んでとは思いもよらなかった。まさに、知らぬが華。

炎上の理由が「木がかわいそう」などと正確さを欠いたわかりやすさで報じられたり、企画にどっぷり関わっていたと思われる糸井重里からの冷笑や、プラントハンターから次々繰り出される言い訳など、燃料が投じられ続け、ちらほらとカウンター的な容認論も見受けられる本日は12月3日。今の調子なら最終日まで、もっといろいろ上質の燃料が投下され続けることだろう。
しかし、この一連のできごとが、なぜこうも震災や生命をダシにした言い訳だらけのビジネスにつながっていくのか、この件に気持ちよりも金で関係することになった皆さんの、現在の気持ちが知りたいところだ。

氷見には今も「誇らしい」「あすなろが神戸で役に立って嬉しい」と、応援したい気持ちの人たちが沢山居る。応援団がセレモニーに向かい、今後の氷見からの応援には、市の予算も使われる。議会で補正予算も通ったと報じられていた。
神戸のメリケンパークに氷見の木が立つわけだから、氷見市一丸で応援したい。実際、そんな程度の理解だし、その気持ちに嘘が無いことは、理解してもらえると思う。
最終的には「材木」と言い訳された巨木を盛大に送り出す応援をした氷見市民の気の良さは、同じ氷見市民なのでよく知っている。氷見を盛り上げたい、氷見について広く関心を持って欲しいと考える真摯さから、恐らくこの先どんな炎があがろうが、途中で手を引くことなく最後まで「氷見の木」を応援し続けるだろう。
ここからイベント終了までの期間を、そうした氷見市民の善意の気だけは萎えさせずに完遂して欲しい。
また、氷見の説明会の時点で結局は材木ということを知り、その後の新聞発表で用途未定ということで、応援できないと感じた人も一定数居ることを、忘れないでいただきたい。

あとは、極めて個人的な希望というか、ネタで申し訳ないが、西畠さんには、あすなろの丁度いいあたり50kg相当をかついで、氷見の奇祭『ごんごん祭り』の4月18日に帰ってきて欲しい。
『ごんごん祭り』は、境内に樹齢1300年の巨大なイチョウが鎮座する上日寺で、雨乞い成就の御礼に、丸太を担いで鐘を撞く祭りだ。
西畠さんは、こうしたお祭り騒ぎは嫌いでない様子。丸太を担いで鐘を撞くわけで、漢ぶりも見せられる。他所の土地の人が何を言おうが、その姿を冷笑する氷見市民は居ないと思う。それが氷見だ。
や、中途半端な撞き方を見せると、「こすっとる。ついとらん」と冷やかしている声は聞いたことあるけど、全力でいけば大丈夫。
頓珍漢な言い訳を要する程度の「お祭りビジネス」のほとぼりが冷めた頃を見計らって、利用した土地の祭りをリスペクトに来る。こういう美味しさはしっかり拾うハンターであって欲しい。


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