ブリスマス覚書き

投稿者: | 2018年4月7日

富山県氷見市には古来、冬の海から鰤を抱き取るという過酷な成人の通過儀礼があった。
戦後急速に廃れたこの風習「ブリスマス」について、すこしづつ書き留めていこうと思う。

実際のところ「ブリスマス」という呼称自体があまりしっかりと定まっていない様子が見て取れ、文献によって「鰤相撲」であったり「鰤須ます」であったり、他の字が宛てられている場合も見受けられる。
また、氷見一帯のブリスマスを行っていた地域では、この通過儀礼について言及は特に制限しないものの、書き留めることを何らかの禁忌として避けていたのではないかとも推察される。

ブリスマスで抱きとられた鰤を塩蔵にしたものなどが、縁起物として高値で取引されていたことから、流通の記録や商家の覚書きなどで言及されている。
加賀藩祖、前田利家が文禄4年(1595)11月に鰤を京都に送る様に命じた書簡でも、「可能であればブリスマスで抱きとられたもの」という記述がある。
塩蔵の方法については細かく指定しているこの書簡で、「可能であれば」という表現から、当時ブリスマスの鰤が珍重されていた様子が窺い知れる。

また、ブリスマスで抱きとられた鰤のうち、特に形の良いものは石動山の神、イスルギヒコに奉納されるのだが、1582年(天正10年)に藩祖前田利家自身が石動山の焼き討ちに参加し、徹底して破壊していることもあり、前田家によって石動山の復興が図られた折、「鰤澄須」をどの様に扱うかについて、当時の氷見界隈の住民から聞き取りを行った旨、記録があり、加賀藩が氷見周辺地域の神仏への信仰と風習の関係と、住民の支配について何かしらの配慮があったことが推察される。

現在朝日山公園に設置されている鰤小僧の像は、まさにブリスマスの風習に因んだもの。
当初は、昭和27年12月25日に氷見駅前に設置されたものだが、後に現在の場所に移された。
この像は上水道が氷見駅まで開通した記念として設置さてれており、鰤の口から水がでる噴水となっている。現在も氷見の上下水道のマスコットキャラクターとして利用されている。
「氷見市上水道マスコットキャラクター」
http://www.city.himi.toyama.jp/departmentTop/kensetsu/jyougesuidou/node_36391/node_18060


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