同じことを聞いても、感じることは違う

投稿者: | 2016年7月8日

今日まで「14歳の挑戦」というのをやっている。中学2年生が受け入れ先の会社やお店で実際に仕事に従事するというやつだ。
昨日一緒に飲んでいた印刷屋さんでも、1名受け入れていて、中学生には地域の会社からインタビューしてもらい、記事にまとめてもらっているとのこと。話しを聞いたら考えさせられた。

インタビューには同行しているということだが、いろいろ面白い話しを聞けていると思うのだけれど、さて、中学生がそれを拾えるかといえば、そこはまた新たな問題。
富山県内某所のとある老舗の和菓子屋さんは、実はずっと作っている伝統のお菓子というやつが無い。
ずっとお客さんが、こういうの欲しいんだけど……。というのを作ってきているので、「あそこのアレは定番」とか思われているものも、実は数年前から作り始めたお菓子だったりするそうだ。
これが、中学生にまとめさせると「この店は、代々作り続けているお菓子が無い」で終わる。事実は書いているかもしれないが、足りない。方々でのインタビューのまとめは、概ね薄められて終わるらしい。
ただ、これは恐らく、この中学生自身が後で気付けばいいことだろう。
この印刷屋さんでの仕事は、14歳の挑戦としては特殊な部類に入るだろうか。コンビニや工場のライン、介護の現場などに中学生は送り込まれていく。

実は、この話しを聞く前に、高校生を相手に演技のワークショップをしてみないかという誘いを受けた。
ワークショップ自体は望むところというか、稽古でやっていることを噛み砕いて教えるだけではあるものの、はたして高校生に伝わるように「例えばこんな目に遭ったら、どんな気持ちになると思う?」から始まる掘り下げができるだろうか。という疑問に至った。
「生まれてこのかた、そんな風に感じたり考えたりしたことがない」と、当時演出をつけていた女優に言い放たれてびびったことがあった。当時は向こうが18歳、俺は23歳だった
今はその倍の46歳で、高校生は16歳とか17歳とかですよ。
俺ももう大人だし、できない前提のワークショップと思えば、手加減ぐらいできるかなぁ。
何らかの感情を空想して、発露してみようとする言葉が、当時よりさらに大雑把になっていたりしませんように。
いや、演技ってのの根本を考えれば、「殺してやる!」と「殺すなんてどういうことだ!」と「正しいのは俺だ!」とかからどんどん今の人間風に進んでいけばいいので、別に大雑把でいいのかしら……。よくないか。


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