風水の入り口を習ってきた

投稿者: | 2018年8月7日

諸般の事情で、風水の極々初歩を教えてもらいに行ってきました。

諸般の事情については話せば長くなるので割愛しますが、とにかく風水の概念だけでもということで、本よりも先生をと探したところ、即座にというか、久保先生とはとっくの昔にFacebookでつながっており、一も二もなくお願いしたところ、快く入門編講座を引き受けていただいた次第です。

富山市で九星気学風水や、商業風水の専門家として活動しておられる、久保有規依先生のアメブロはこちら。

https://ameblo.jp/akiko-777/

いえね、オカルトとか基本的に読み込んでいく娯楽としては大好物です。
易はそもそも中華古典に手を出す延長で、これはずっと占い云々でなく読んでおりました。
タロットのカードが意味するところなんて、アレイスター・クロウリーは言うまでもなく、ホドロフスキーとか、綺羅星の如き人たちがこれを研究しておるわけですよ。
これらは、要するに見立ての体系なんでしょ程度に理解していているので、基本的には、きちんと、もっともらしく文脈を後付けできないと、使おうって人も居ないだろうと、ホゲホゲと本を紐解きながら、そんな程度に考えておったわけです。

そんなわけで占いとか自体、あるものとしては見ますけど、特段気にかけてもおらず、そもそも「運気」と「運勢」の違いとか、言葉として厳密に考えてみもしないで、するりと流しておりました。
言葉大事というか、なるほど、それなりに関心を持っているなら、適当にうちやらずに、それなりにちゃんと確認しておくというのは大事なことだと痛感したものであります。

さて、三時間ほどのレクチャーで、風水と家相の入門編を教えていただきましたが、世界を天地人に切り分けて細分化していく東洋のやり方の緻密さは、なんとなく見立ての体系だよねと、これまでの何歩も引いた位置から見ているよりも、格段に鮮明で緻密です。
占いというと、物事の先を知る予言めいたものに期待しがちですが、この緻密さは、「こんな場合は概ねこんな感じ」という「あるあるの集大成」として見たら丁度よさそうです。「あるある」の組み合わせに慣れたら「予測」は立ちそうですが、「占い=予言」ってレベルに至るには、並大抵のことではないと思います。
あ、そんなこんなで、決して風水はもちろん、占いで予言できるとかいう風には確信してないので、そこは悪しからず。

現段階では私、風水も家相も「君自身は自覚してるかしらないけど、今こういうパターンのさかなに居るから」ということを知る手立てのひとつだと理解しました。
そこで、凶ならば吉の状態にする。無理なら凶を把握して対処する。どちらにしても曖昧だと腐る。ってのは、まさしく未来ではなく現在との対峙の方法として非常に有効だと考えます。

しかし、一体どうやったらここまで緻密に練り上げられるもんでしょうか。まさに先人の知恵というか、人類はどうもまだ、この中国で練られた「あるあるの轍」から抜けだしていないのだなぁと、というか、この轍から抜けるのが解脱だと思えば、なかなか並大抵のことではないと、ほんのり納得がいきました。

早速、復習を始めていますが、入門編を改めて整理して理解を深めていくだけでも、かなりの時間がかかりそうで、楽しみです。


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