バリアをなくす手続きは、バリア側のすること

投稿者: | 2017年6月29日

行儀のいい人は無視され、活動家はせせら笑われる。
金になるかどうかだけが指標になってしまって、手続きの正しさだけが問われるわけですけれども、考えねばならんのは逐次的な良し悪しかだけかといえば、そうでもない筈。
飛行機に無理やり這って乗るパフォーマンスでお決まりの是々非々になっているけれど、こういうことを正しさや行儀良さだけで見ちゃう連中は、自分が当事者になった時にどうするるんだろうかと、巻き込まれたくないので、ほんのり心配になる。

人が何も考えないで移動できる社会実現のために従来不要な人員をそこに割かねばならんのは無駄だというのは、そこにただ人を置くだけって発想だからだ。その置いた人員には、他に全くなんの生産性も持たせられないのかしら。
空港や飛行機への搭乗は地理的にも構造やら保安上いろいろアレだが、例えば手始めに田舎の鉄道ですよ。人が居ないから、先に知らせないと車椅子の人なんかが降りられない駅、ある。あります。でも、駅の場所なら比較的拠点化しやすくないだろうか。

うわ、拠点化って、駅でカフェとコワーキングスペースでシェアハウスとか考えて、ちょっとオエッてなった。いや、ごめんなさいごめんなさい。
でも、今の流行り風に無思考にイメージだけ口走るなら、そういう感じじゃないのか。地域コミュニティよる無人駅の積極的な活用。やばい、笑っちゃダメだ。真面目に考えていた筈。
鉄道会社も放ったらかしておくくらいなら、沿線開発的な意味合いで、そういう模索できる気もする。いかがなもんだろうか。
事例皆無ってことも無い気がするので、余計に頑張れるんじゃないかな。


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