読書:さよならスパイダーマン

投稿者: | 2017年11月14日

児童書なので、そんなに時間をかけずに読めるものと思う。
小学校高学年以上向けか、それなりにルビ付き。

イスラム教徒の爆弾テロで双子の一人、ローズが犠牲になり、お父さんは亡くなったローズに執着して酒浸り、お母さんは被害者遺族のセラピーで恋人を作って出て行ってしまう。
お父さんが友人から新しい仕事を紹介してもらって、引っ越しはするものの、酒浸りの生活は続き、主人公のジェイミーも生きていた方の姉ジャスミンもその状態を極力見ない様に、考えない様にしながら生活している。
主人公が転校したの学校で、唯一仲良くなれたのが、イスラム教徒の女の子スーニャだった。そんな話し。

とにかく複雑で単純。お父さんもお母さんも、それぞれの問題からそれぞれの手段で勝手に逃げてしまった。
絶望し続け、それに忠実で居続けることは可能だが、それでは生きているとはいえない。今とは別の場所に逃げたとしても、残したものはそこに存在している。過去は消えないし世界は終わらない。

何処かの断面だけで人を決めつけるわけにはいかないことは、簡単に理解できると思うのだけれど、例えばここに出てくるお父さんの様に、「娘を殺したのはイスラム教徒でイスラム教徒は皆テロリストだ」という単純化でしかいろいろやり過ごせなくなったとして、そうし続けるために、何に目を瞑っていくのか、そこを考えたい。

「でも、連中が大事な家族を殺す前に備えなければ」というロジックは、殺し合いを前提としている。
残念ながら、国家間で殺しあいを決めてしまうと、個人にできることなど無い。テロがややこしいのは、いろいろをすり抜けて個人が標的になってしまうからだが、これも殺し合いが前提になっている結果のできごとで、「憎いから殺す」「殺されたから殺す」「思い知らせるために殺す」なんてとにかくそんな土俵からどうやって降りるか考えるのが人間のすることな筈。
追わねば理想ではないというか、その理想も人の意見として存在できる程度には人間の脳で考えうることである以上、無視して捨て続けて時間を過ごすのは、日々酒浸りのお父さんと同じだ。

人が人を理不尽な目に合わせることが無い様に、読んでいて救われた気がするのは、主人公がたまたま、あるいは強いてそう受け止めているだけだ。
とても悲しい物語だったが、いろんな人に勧めたい。


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