半年目にしてハム平手に勝利したが、地獄の蓋は開きっぱなしだ!

投稿者: | 2017年1月16日

年長さんの子供に将棋で負けるわけにもいかないってことで、片手間とはいえ、ずっと将棋の練習をしておりました。
昨年末、苦節半年、ハム将棋の平手には勝利できて、子供にもどうにか安定して勝利する日々を送っていたわけですが、かなり危険な状態になっています。
なんせこっちは将棋なんぞからっきしダメな状態からスタートして、どうにか体裁を整えているわけですが、小僧はなんというか、これが子供の脳みその恐ろしいところかと思わせる、将棋感覚の様なものを養っている様子が、ちらりほらりと見え隠れしておったものであります。

一戦一戦の重みが、そろそろ俺の集中力を削るレベルになってきたことで、ついに三連戦の二戦目、三戦目に連敗。
三戦目の負け方がもう悲惨を極め、完全に不覚をとる形になり、粘ろうとして墓穴を掘り、良い様に翻弄されて詰めらる結果となりました。
やっていて感じた「こいつ将棋の何かを俺より深く把握して、普通に体が動く様になってる」という危機感。もうどうにもなりません。将棋は昔から負けまくっていたので、こういう絶望感だけはきちんと身についています。
なんつうか、先を読んで対応できたり読んだものに当て込んで行けてるんだろうなぁというものと、久々に対峙しました。

間違えてはならんのが、これ、なにそれ凄いというわけではなく、俺が将棋下手すぎる結果というか、将棋に関する功夫が全くないということの結果だということです。自己申告ではありますが、小僧は保育園では最強ということらしく、この我が世の春めいたものに磨きをかけるとするなら、小僧と同じ年頃の将棋強い連中の真っ只中に放り込み、将棋の鬼からの薫陶を受けねば、こんなものは、ほんのりした記憶にすら残らない過去のガラクタになってしまうものということです。
なんとなく、近隣の将棋教室を探してみたので、そのうち放り込むとして、こっちは解決。

問題は俺の練習ですよ。
なんというか、本を読んだりハム将棋相手に積んだものが、自分のどこに蓄積されていて、将棋中に引き出しでアクセスできているのか、その感覚が本当によくわからんものであります。
なんと表現したものか、この盤面で彼我を強烈に分けてなんかする感じってのは、どうにも本当に馴染めないんですけど、なんとかからんもんでしょうか。
とりあえず、しばらく集中して詰将棋と棋譜並べをしようかと思うわけですが、なんというか、とにかく何に近づくべきか皆目わからないんですが、誰かの知識に頼ってなんとかするしかないわけで、こればっかりはどうしようもないですな。
とりあえず、目に付いた本をAmazonでポチりました。


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