TEDxHimi勉強会その2

投稿者: | 2017年7月11日

7月1日に続いて、15日、16日、17日の三連休もTEDxHimiの勉強会というか、アクティビティを行う。
金属と私たち第二弾:勉強会開催のお知らせ
何をするか、平たく言えば。

  • 電磁石を作って砂鉄を集めてみよう
  • 火を燃やすことそのものについて知ろう
  • 鋳物屋さんのお仕事について聞こう
  • 実際に金属を溶かして形にしてみよう

という三日間だ。

サスティナブルというキーワードは盛んに耳にはするものの、我々の生活は既に消費なくして持続しない仕組みになっていて、そこから抜け出せそうな気配は全くない。
消費を続けながら持続を考えるというのも、結局は言い方というか、頓知の世界に近いのではないかと感じている。

昨年、TEDxHimiにおいてテーマにそって氷見のルーツを遡り、縄文時代にまでたどり着いた。縄文といえば土器。いい機会だから、窯を使わずに焼き物を作ってみようと試みた時に使った粘土は愛知県産のものだった。
調べてみたところ、粘土の作り方はわかったものの、時間もかかることから後で試してみなければならないということになった。
我々が普段使っている陶器の器も、百円ショップでも購入できることは確かだが、氷見で、近場土で粘土で作って制作するとなると、どれほどの労力が必要だろうか。
ただ、モノとして優れているかはともかく、粘土を作り、山の木で作った炭で陶器を作ることは、不可能ではなさそうだ。

次に考えたのが金属だ。縄文から時代を下ったといえばそのままだが、氷見の隣、高岡は鋳物が盛んで、実は銅の鋳物の業者がこれほど密集している地域は世界でも稀だと聞いたことがある。しかし、「伝統工芸」として仏具や工芸品を扱う
ただ、日本で稼働している銅や鉄の鉱山はどれほどあるかといえば、概ね閉山している様だし、そもそもこうした資源が出ないのが日本という風に学校で習った様な気もしている。
この時点で、近隣で持続可能なとなったら、使わないものを捨てるのではなく、積極的に再利用していくより他無い。
リサイクルと言いながら、ゴミとしてスチール缶やアルミ缶を捨てて人任せにしているわけで、自分たちの身の回りで、より小さな循環を作ることができるのか、できないのか。金属の扱いそのものについて考えてみる必要があるのではないだろうか。

そうなれば一度、なんとかして金属を集めてみることが先決だ。例えば砂鉄はどうだろうか。あるいはアルミ缶などを溶かしてみるのはどうだろう。融点がどうとかいう知識だけで、それを実行したことが無ければ、実現に至るノウハウがたまることはない。
細かいことは、やってみてから考えよう。

まさに、サスティナブルという言葉とそれを通じての学習から感じた違和感だ。
本当に持続可能なのか。結局消費を続けるライフスタイルと今のままのスケール感で大丈夫なのか。
大きな話しが絵空事の様に感じられたら、まずは足元から、もっとスケールを小さくできないか。そんな風に考えるのも悪い話ではないだろう。


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